【イベントレポート・前編】ZAKIMIペアリングナイト2024.12.17

ソムリエ 田崎真也氏が提案するメニューとともに泡盛古酒「ZAKIMI」を味わう、一夜限りのペアリングイベントが2024年8月19日にホテル椿山荘東京のメインバー「ル・マーキー」にて開催されました。ワインだけでなく焼酎・泡盛など日本各地のお酒に深い造詣のある田崎真也氏の解説により、泡盛古酒の魅力をあらためて発見する2時間となりました。前編では田崎氏とデザイナー原研哉氏による対談の様子をお届けします。

ZAKIMIができるまで

原:まずはじめに、ZAKIMIというブランドができるまでの経緯を簡単にご説明させていただこうと思います。事の始まりは、八重泉のウェブデザインを手掛けられてる齋藤さんという方から「泡盛のデザインに興味はないか。」と人伝にオファーをいただいたところからはじまります。僕はお酒も好きだし、お酒をデザインするのも好きで、中央葡萄酒や八海山など様々なジャンルのお酒をデザインさせてもらっていますが、泡盛はまだ手掛けたことがありませんでした。石垣島に行ったこともほとんどなかったのですが、石垣島の泡盛と聞くと何ともロマンチックに感じ、すぐにお引き受けしました。
実際に訪れてみて真っ先に感じたのは、建物の表面のザラザラとしたテクスチャーでした。台風の暴風雨や強い日差しに晒された結果だと思いますが、まさに台風の通り道という印象を受けましたし、石垣島という風土の基盤は台風によって形成されていると実感しました。
また、泡盛のクースは非常に美味しいですが、あまりに安いという点も気になりました。お酒の価格が安くて、広く大衆が楽しめるのは良いことですが、一方で、世界を巡る人が増え、高水準の旅館やホテルもどんどん出来始めている状況の中で、日本のお酒のヒエラルキーは一様で、高級なお酒があまりないのが現状です。日本には美味しいお酒が数多くあるにも関わらずブランディングが伴っていない、と改めて感じました。そういう観点からも、泡盛の価値を適切に提示して、高価格帯のお酒を作れたらと思い、構想からデザインまでを一貫して引き受けることになりました。

田崎:石垣島にマンションを借りて、8年間ほど住んでいたことがあるので、台風の半端じゃない威力は身をもって体感しました。当時、マンションの5階に住んでいたのですが、台風が来ると雨水がサッシに対して垂直に当たって、さらに、サッシの隙間から湧き上がるように部屋に入ってくるんです。しかも横なぐりに入ってくる水はただの雨水ではなくて、海水も巻き込みながら運ばれた水です。それぐらい石垣島の台風の威力はすごいですよね。もちろん蒸留して浄化しているので塩分などは無くなっているでしょうけど、恐らく、この『台風』の割水にも元々海水含まれていただろうな、と想像してしまいます。

原:そうですよね。台風が海底もかき混ぜ、山もかき混ぜ、という石垣島の風土を体感すると、台風によって醸された酒というイメージが湧いたので、そんな風土をそのままお酒に落とし込もうと思いました。日本らしい酒に仕上がったと感じていますが、まだ広まっていないのが現状です。ですので、田崎さんの御指南によって、このお酒を解析していただきつつ、ペアリングによって泡盛の可能性を掘り起こしていただけたらと思っております。

田崎:今回のお話頂戴したときに、まずは味わってみないことには何とも返事ができないような内容でしたので、送っていただいたのですが、フルボトルが3本来るかなと思いましたら、ちっちゃいボトルが3本やってきました(笑)。
コンセプトが非常にユニークなお酒ですが、まずは純粋に味だけをみさせていただき、それを元に架空の料理を文字で書きまして、ここの料理長にお送りさせていただきました。私もまだいただいていないのですが、面白いペアリングに仕上がっていると思います。

世界でも特有のクース文化

田崎:泡盛の中でも古酒・クースの価値は、私も早い時期から感じていました。そもそもクースとは、「仕次ぎ」という手法のもと、沖縄の各家庭でつくられていた酒に由来します。ですので、クース用の酒をメーカーが造り続け、膨大な在庫を持っているのというのは稀だと思いますし、30年もののクースをピュアな状態で管理している酒造はかなり貴重だと感じています。実際に味わってみても、バランスも良く、保存状態も完璧で、非常にいい仕上がりになっていると思いました。

原:その言葉を聞いてだいぶ意を強くしました。今、日本のウイスキーはとても評価されていて、品質の良いものも沢山出できていると思いますが、まだ100年ほどの歴史です。対して、泡盛や焼酎というのはメソポタミアあたりで生まれた蒸留酒が大陸から島伝いに伝わったので、日本における蒸留酒のオリジンのようなものだともいえます。
デザインの役割は、潜在している価値を目に見える形にすることにあります。100年の歴史のウイスキーがここまで評価されているとすると、もっと深い歴史を持った泡盛に対してこそ、相応の価値を付けていく必要があると感じますし、成功するまでお付き合いさせていただきたいと思っています。

田崎:500年以上の歴史がありますからね。付加価値をつけていくことは、泡盛全体に対しても重要なことだと思います。以前から、生産者の方々とも話していたことですが、単に泡盛と一括りにしてしまうのではなくて、通常の泡盛とクースを分けていく必要を感じています。元々、クースは記念日のためのお酒でした。家で仕次ぎをしながら大事に熟成をさせたクースを、記念日ごとに封を開けて、「カラカラ」という小さな器に注ぎ、お祝いのために集まった人に少量をストレートで振舞っていたのです。祝い事が終わったら、減った分だけ新しい酒を加えて満タンの状態にして、また次の祝いのときまで寝かせて、育てていたそうです。つまり、水で割りながらガブガブ飲むような日常の泡盛とクースとでは意味合いが全く違ったのです。そんな歴史を踏まえて、日々の食卓に常に置いてあるような泡盛と、とっておきの日に飲むクースは全く違ったものとして捉え、告知していく必要があるなと感じています。

食中酒としてのスピリッツ

原:イベントが始まる前に少し伺いましたが、日本酒は従来、料理の最中に口をすすぐためのもの、つまり、脂っこいものを食べた際の口直しとして飲まれていたとのことですね。

田崎:本格焼酎にしても泡盛にしても、日本のスピリッツの楽しまれ方で他の国々と大きく違うのは、食事の際に食中酒として飲まれてきたという点です。
例えば、中国の白酒(パイチュ)をはじめ、ロシアやポーランドにおけるウォッカ、北欧のアクアビット、ドイツのシュナップスなどのように、食事中にスピリッツを飲む文化は多くの国にありますが、そのどれもが、消化を促進させることが目的です。フランスで食後に飲むブランデーも同様で、脂っこいものを食べた後に高濃度のアルコールによって消化を促進させるというのが、世界におけるスピリッツの主な役割でした。食後酒のことをDigestif(ディジェスティフ)と呼びますが、この語源も消化という意味なんです。
対して、日本での泡盛や焼酎の飲まれ方ですが、40度前後に仕上げられた蒸留酒のほとんどが割水によって25〜30度に調整されて売られていて、さらに、飲むときにも水などで割るので、ときにワインや日本酒よりも低いアルコール度数で飲まれています。つまり蒸留酒なのに、消化剤としてではなく、食中酒として風味を感じながら楽しまれているということです。ワインもそうですが、その土地でつくられたお酒と、その土地で昔から食べられている郷土料理は必然的に相性がいいので、料理とお酒が、ともに連鎖しながら引き継がれるような文化が日本にはあると思いますし、そこが世界と比べてユニークな点だと感じます。
料理をより美味しくするためのお酒の位置付けをみんなで考え、発信していくことで、泡盛の理解度が深まり、海外のファンも増えていくのではないかと思っています。

原:なるほど。中国の白酒を飲む時は、「カンペイ」と言って、小さなグラスに入ったお酒を一気飲みして空になったグラスを見せる、といった乱暴な飲み方をしたりしますが、茅台(マオタイ)のような美味しい白酒はマイペースで飲みたいと思ったりもします。
海外においても食中酒としてのクオリティを持ったお酒は数多くあるので、食事とのペアリングも含めて、お酒を味わうような飲まれ方が普及することで、海外のお酒の世界と同じように、日本のお酒のなかにもヒエラルキーが確立されていくんだろうなと思います。

ネーミングについて

田崎:先のお話の中ですごく気になったのですが、『台風』というのはよくわかりますが、『ゆく』や『顔』といったネーミングはどこからきたのでしょうか。

原:書家の鎌村和貴さんの書道展に行った際にその二つがすごく気に入ったというか、そのまま名称になるような強さを感じたんです。地名に由来する『余市』や、故事に由来する『獺祭』のような名称もありますが、いきなり『ゆく』や『顔』と強引に言い切ってしまうことに、新しさを感じました。デザイナーはいい加減だと思われるかもしれませんが、そこは直感なんです(笑)。「ゆく」というひらがなのバランスと、「顔」というガツっとした漢字の塊と、「台風」は暴風雨の激しさを表現してつくってもらったわけですが、この不思議な3段階の言葉が、恣意的かもしれませんが面白いと感じました。鎌村さんの作品には他にもいろいろな言葉の書がありますから、その中から大根を引っこ抜くように言葉を引っこ抜いて、ラベルにしていったというのが経緯です。

田崎:どういう意味のネーミングなんだろうと思い、自分の中でも勝手に想像していたのですが、新しいコンセプトの泡盛ブランドということで、そのきっかけとなる8年のお酒でもって未来へ『ゆく』という意味なのかなと解釈しておりました。

原:解釈は自在です(笑)。僕のデザインは基本的にエンプティ、空っぽなんです。説明をし尽くすことよりも、色々な方が勝手にイマジネーションも想像の翼を広げていただけるような余地があった方が面白いと思うんですよね。
名前というのは付けてしまえば成立するような世界でもあると思うので、理路整然とした、しかつめらしい名前があるよりは、「なんで顔なんだ」と、少し疑問が残るような名称のほうが面白い。使う人が勝手に何かを盛り込むというのは、お酒の在り方とも通ずるような気がしています。

田崎:なるほど。そういう勝手なイメージで味わっていこうと思います。