原研哉さん×座喜味社長対談「風土と酒」前編2022.08.08

1955年創業の泡盛の酒造所、八重泉酒造が新たに立ち上げたブランド「ZAKIMI」。八重泉のある石垣島の風土をテーマに、八重泉が大切に育ててきた古酒を中心に据えたブランドです。開発パートナーに、潜在する価値を目にみえるかたちにしていくことを実践しているデザイナーの原研哉氏を迎え、新しい泡盛のイメージの創出を目指しました。「ZAKIMI」はどのようにして生まれたのか、原研哉氏との出会い、そして泡盛の行方について、八重泉の三代目社長である座喜味盛行と原氏との対談を通して浮かび上がらせます。

台風で仕込んだ酒

原研哉(以下、原): 八重泉についてはうっすら知っていましたが、あるとき八重泉のwebサイトを制作している斎藤さんという方から「原さん、泡盛づくりに興味はありませんか?」と言われたことがことの始まりです。僕は普段から日本のお酒全般に対して興味があります。泡盛については、美味しいにもかからず、それに見合った価格で売られていないと感じていました。泡盛ではっきりした経済を作っていくためにはそれなりの価格で売っていくことも必要だと思うのです。デザイナーとしては、潜在する価値を、それにふさわしい姿として表現してみたい、つまり高い付加価値を持ちうるものづくりのお手伝いをしたいと思っていましたから、すぐに「もちろん興味あります」と反応しました。
その後、八重泉の営業の方がいろいろな泡盛を用意してくださり、味わう機会をいただきました。その中で、いくつかのものは、ラムのような、熟成した甘味というか、アルコール度数の高い酒の中に豊潤なまろやかさを感じ、これは世界の銘酒に伍して高級酒の中に入っていけると、強く感じたのです。

また、八重泉酒造とのプロジェクトを進めるにあたって、石垣島を訪れた際に、強い自然に圧倒されるとともに、波浪や風雨の痕跡を民家や建築に感じました。つまり「台風」がこの土地の風土を作ってきたように感じたのです。そこで勝手ながら”石垣の風土”をテーマに新しいブランドを作るというご提案をさせていただいたわけです。新たなブランド「ZAKIMI」ができ上がってみてどう思われますか?

座喜味盛行(以下、座喜味):「ZAKIMI」ブランドとして8年ものの古酒「ゆく」、10年ものの古酒と10年樽に貯蔵した泡盛をブレンドした「顔」、そして30年ものの古酒「台風」という3つの名称のお酒を作ってもらえてうれしいかぎりです。今までの泡盛とは違うデザイン、見せ方ができると思っていますので、海外のマーケットを視野に入れて販売したいと思っています。

原:これまで日本のウイスキーを始め、日本酒やワインのブランディングやラベルデザインを手掛けてきましたが、そういうカテゴリーとは異なる世界観の酒をいつか作ってみたいという思いがありました。そして今回、新たな泡盛を作る機会に恵まれたわけです。すでにある泡盛のボトルを見るとカラフルなイメージというか、わりと混沌としていて、明快なイメージが確立されているわけではないと感じました。原色の色使いは南西諸島の文化であり、それが泡盛らしさなのかもしれないのですが。ここでは一度そういう方言的慣習を離れて、プレステージ感のある泡盛の姿を探りたいと思ったのです。

ラベルには鎌村和貴さんという書家の書を大きくあしらいました。鎌村さんは大東文化大学の書道科を卒業後、武蔵野美術大学の大学院で僕の研究室の学生だった人です。卒業後は資生堂にデザイナーとして勤務し、今は独立して書やイラストなどを幅広く手掛けるアーティストとして活動しています。荒々しくも自由奔放な筆致が魅力で、新しい書の才能として期待している人です。そんな彼の作品を見せてもらう中で、「ゆく」「顔」という書に目が留まりました。その独特の筆蝕に、石垣島の陽光や風雨にさらされた石垣や民家の肌理に近いものを感じて、それらをそのままお酒のラベルに用いてみたらどうかと思ったのです。「ゆく」とか「顔」という言葉もいい。「ゆく」は意志的な言葉で「顔」は、まさに新しい泡盛の顔ですから。それをそのままラベルにすることで、従来の酒のラベルとは違う「抜けのよさ」が生まれると思ったのです。最上級の酒「台風」は書を一から作ってもらいました。お酒のイメージの括り方として、石垣島の風土の源泉は「台風」ではないかと直感的に思ったものですから。

よく見られる珊瑚石を積み上げた石垣や塀、あるいは普通のコンクリートも、風雨や陽光に晒されて風化した風情がこの島のテクスチャーになっていると感じました。それで、台風の、暴風雨のイメージを表現してほしいと鎌村さんに依頼して書いてもらいました。荒々しくてよく読めないですが、台風や石垣の情景を言葉にして書きなぐった書です。
でき上がってみていかがでしょうか。泡盛を語るストーリーとして台風というのはどう思われますか?

座喜味:僕らにとって台風は身近に来るものなので、お酒の商品の切り口にするという発想はありませんでした。むしろなるほどね、と附に落ちました。

原:こじつけたくはなかったのですが、酒は風土から生まれるものであり、石垣島を見渡すとこの島を表現する上で「台風」の存在は欠かせない気がしました。台風という風土が酒質にも関係しているんじゃないかと直感的に思ったのです。島に湧く水は台風が運んできた水であり、その水で醸している。台風が運ぶ空気に晒されて酒ができていくのですから、まさに台風が醸した酒と言えるのではないでしょうか。

さらに古酒は製品にするときに、一定の度数にするために原酒を水で割るわけですが、その年にやってきた台風の水を浄化して割り水に使うことで「台風仕込み」というストーリーが成り立つんじゃないだろうかと考えたのです。たとえば「2022 Typhoon 16th」とラベルに書いてあると「これは何年前の台風16号で仕込んだ酒です。この年は台風14号、15号と三つ大きな台風が直撃しました」とか、会話が弾みますよね。酒の味に変化はさしてないかもしれませんが、酒の記憶としての奥行きはできる。

座喜味:そうだと思います。お酒は飲むと酔っ払って陽気になります。楽しくしてくれるものだと思っています。お酒が台風という存在を楽しいものとして捉させてくれる気がして、原さんからこの話を聞いた時、楽しい、これ面白い、やってみたいとすぐに思いました。お酒が本来持つ人を陽気に楽しくさせてくれる力、それと原さんの考えた台風という物語が調和したと僕は感じました。

八重泉に住みつく黒麹菌

原:八重泉の泡盛はすでに国際的なコンクールであるThe International Spirits Challengeなどで何年も続けて金賞を受賞するほどの評価を得ていますが、何が八重泉の泡盛を特徴付けているのでしょう?

座喜味:コンクールでは「ウイスキー」とか「ウオッカ」「ラム」といったようなカテゴリーではなく、洋酒部門に「その他」というカテゴリーがあって、あえてそこに応募しています。国際的な審査員が、事前情報なく目隠しで審査をするわけですから、先入観なく純粋なスピリッツとしての評価が得られるわけです。樽で熟成させたもので、しっかり金賞を獲り続けられているので、これによって作り方の指針に手応えと自信が生まれてきています。

総合的に見ると八重泉の泡盛は甘口タイプの部類に入ると思っています。ほのかな甘さを感じ取れる酒質、味を作っていきたいという思いが酒造りのベースにあります。そしてもうひとつ熟成させた古酒の泡盛です。この二本柱がうちの大きな積み上げとしてあります。南国ですから熟成も早い。同じような緯度の台湾のウイスキー、カバランが世界中で受賞していて、蒸留酒は北の風土が適しているという常識がどんどん覆されつつあります。

原:なるほど、泡盛独特の甘みはどのようにして生まれるのですか?

座喜味:世界にあまたある酒の中で、唯一泡盛のみに含まれる「黒麹菌」が甘みを作り出しているのだと思います。泡盛造りはまず蒸したお米に黒麹菌を生やすことから始まります。黒麹菌がお米のデンプンを糖化させて黒麹を育てます。ここでいかに力のある麹を作ることができるのかというのが泡盛の味を決める大切な要素になってきます。

原:それぞれの酒造所において秘伝の黒麹菌があるのですか?

座喜味:昔は酒蔵ごとに宿る家付きの黒麹菌を代々使うのが伝統だったようです。やがて力のある菌を専門の麹屋さんから仕入れるというのが多くなってきたんですけれど、昔は自然界にあるものから黒麹菌が取れたということです。

原:要するに麹の力が泡盛の甘みを左右するということなんですね。

座喜味:そうです。ほかの泡盛メーカーと同じ専門の麹菌メーカーから仕入れてはいますが、麹を作る際、お米にどれだけ水分があるのか、どれだけ浸漬したらいいのか、どの温度で麹菌を生育させていくのかを一年を通して日々微妙に調整しながら作っています。八重泉の工場の一角にある分析室では毎日、麹のデータを取り、分析し、目指す泡盛に到達するように研究しています。こうした日々のデータはクオリティコントロールに必要であるとともに、先々の商品開発に生かされているんですよ。

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ゆく

「ゆく」は、8 年ものの古酒。味わいの奥に蒸留時の力強さを残している酒です。八重山に古くから伝わる泡盛という酒の伝統は、焼酎よりも古くウイスキーよりも深い。遠くアラビアの地からインドシナ半島を経由し、島伝いに伝播した蒸留酒は、島の文化とともに伝承されてきました。

ほんのりと樽の色が滲み出した、微かに淡い琥珀色が特徴です。10年熟成の古酒と、10年樽貯蔵のブレンドによる絶妙な色と香り。名称は、八重山の泡盛の「顔」となるような、堂々たる落ち着きと揺るぎない品格を示すものです。まさに八重泉酒造の品質の極まりがここにあります。

台風

八重泉の泡盛の頂点に立つ芳醇な香りに、この酒の経てきた時間と風土が凝縮されています。30年、石垣島で眠り続けることではじめて到達できる円熟感とまろやかな香気の融合。43度という度数ならばこそ表現できる、身体の奥底にまで響き渡る熟成の古酒の手応えを堪能ください。